私はこれだけ愛されていると愛人にアピールし威嚇する妻。
私はこれだけ愛されているとアピールし虚勢を張る愛人。
いずれにせよ、この「愛されてるアピール戦法」はみっともなくも墓穴を掘ります。
愛されてるアピールに滲み出る自信の欠落
そもそも本当に愛されているという自信があるならば、威嚇も虚勢も必要ないはず。
自信がある方は、相手に対し攻撃をしかけません。
何故なら戦う必要が自分にはないからです。
妻からして、夫の浮気が本気でなくほんの出来心であった場合など、(争う必要がないため)怒りの矛先は愛人ではなく夫へ向きます。
愛人からしても、彼が本気の場合(争う必要がないため)妻へ対しての対抗心は湧きません。
両者ともに自信があるからです。
負けを心の奥では認めていても、プライドを保つために攻撃せざるを得ないのです。
そして、その感情のままに言葉を発し行動を起こせば確実に墓穴を掘ることになります。
愛されてるアピールが引き寄せる墓穴
愛されているアピールの根底にあるものは自身の欠落。劣等感です。
劣等感から引き寄せるものは、更に自信をなくす出来事です。
夫の本気恋愛・・・。
遊ばれていただけ・・・。
自信を喪失させる出来事は、あなたがたを絶対に認めたくなかった「負けを認めざるを得ない苦境」へと立たせるでしょう。
墓穴は更なる墓穴を掘らせる
次に繰り出すアピールは被害者アピールです。
被害者アピールは、敵ではなく夫(彼)に対して行われます。
もはや敵にこれ以上の醜態を見せるのはプライドが許さないからです。
夫(彼)の弱点を突きまくり、責任や良心を揺さぶり、追い詰めるだけ追い詰め、支配しようとするのです。
もはや脅迫レベルです。
何故攻めるのか。
負けた事実=自信の喪失が根底にあるからです。
自信喪失が生み出すものは、失う恐怖。
さぁ、これら、被害者意識(恐怖)が引き寄せるものは何でしょう。
ドキドキ。
恐怖が引き寄せた「失う」という現実です。
こわい。
引き寄せの法則は潜在意識を優先すします。
いかに威嚇や虚勢や脅迫や威圧をしたとて、潜在意識が優先され、望んだものとは真逆の結果を引き寄せるのです。
墓穴を掘らないために
「自分自身に対する不信こそ恐るべき不信である」
カーライル
自信がある人と同じことをすればいいのです。
カッコ悪い愛されているアピールなどせず、カッコよくあればいいのですよ。
嫉妬は自己疑念が引き起こす。
自信を持つ人は他人に対し敵対心を感じません。
愛されている事実をはっきりと見れるため、相手に対し要求がましいことは言わないのです。
その根底にあるものは何だと思いますか。
揺るぎない自尊心
自尊心は、夫でも彼でもなく、自分自身の手で作るものです。
夫や彼の愛に依存せずとも、愛を頼らずとも、自己評価が高ければ、裏切りなどに怯えることはなく、戦う必要もない。
何故なら、愛は引き寄せられることを無意識に分かっているからです。
「私は愛される女である」というセルフイメージに、現実が追いつくまで待てばいいことを。
墓穴だけは掘りたくないものです。
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